平等と言われても

これは、塾の講師をしている友人から聞いた話です。

彼女が教えている塾では年に数回、面談なるものがあるそうです。生徒だけであったり、親と生徒の両方であるそうなのですが、決められた日時に行います。

たまたまその日に来れなかった人は改めて日程を合わせるのが困難な為に、普通の授業中に10分とか15分抜け出して面談をするのだそうです。塾側は全員に面談を行わないと不公平になるからと言っているとか。

友人は愚痴ります。いろいろな理由があって来れないことはあることはわかるけれど、授業が10分、15分短くなるとその日に教えたかったことが中途半端になると。また、決められた日にもしかしたら都合をやりくりしてきた生徒、親御さんたちもいるかもしれない。それなのに、来なかった人の為に生徒たちが受けられるべき授業が受けられなくなる(15分とか短くなること)のはこれまた不公平ではないかと。

確かに。ずっと前から予定されていた日時に来ない人は緊急の場合を除いて別に面談をしてもしなくても良い、と考えてしまってよいのかなぁと思ってみたり、違うかなぁと思ってみたり。

別の日に受けられるなら面談の為だけにわざわざ行くことないしね、と思いいい加減な気持ちで来ない人が出てきたらそれは人の迷惑を考えない自分勝手な行動。それを「不公平を防ぐ為」となんだか丸尾くんみたいな学級委員っぽい意見で許していいのでしょうかね。うーん、わからん。

仕方なく(?)、私は彼女にケーキをご馳走したのでありました。

犬たち

小さくて愛らしい子犬たちが入れられたケージ(結局は檻ですが)に向けられる人々の眼差しは愛情がたっぷりこもっています。あの子犬たちがあのままケージの中で大きくならずに誰かの家族の一員になれたらと思う反面、生き物と一緒に生活することの大変さをきちんと説明されているのだろうかとふと思ってしまいました。

生き物ですから、食べて、排泄し、運動もしなくてはならず、そして病気にもなりますよね。そして、最近は死亡原因の第1位にガンが挙げられているのですから、その時どう対処するか、なんてことを考えてしまったら恐ろしくて生き物なんて飼えない。。。

となるのも困ります。私たちに限りない愛情をあたえてくれる犬たちですからその彼らと一緒に生活にできないのはもっと悲しい。

犬たちをどういう目でとらえるかなのでしょうね。

家族の一員と考えられるかどうか。その覚悟ができているか。

我が家のマフィンも老齢犬となり、いろいろ問題を抱えています。その都度、対峙していかなくてはならないのも大変ですが(財布も懸命に対峙しています)、言葉が話せない彼らを守ってあげられるのは私たちだけ。今日もがんばります。

 

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