こんな本読みました

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出版業界に詳しい方が読んでいるのを小耳に挟み、手にとってみました。

「王様のブランチ」で大反響と本の帯に書いてありますが、「大反響」とはどういうことなのですか? 非常に相対的な表現ですよね。そして、「王様のブランチ」で大反響だとそれがいったい? 浦島たろこは考えるのですよ。

屁理屈をこねるのはいい加減にして読んでみました。

感想というのは人それぞれですからね。良いと思う人もいれば、好きじゃないと思う人もいる。それは個人個人の意見。それに左右されることなく「自分はどうなんだ」ということをはっきり考えられないと困りますよ。

私の感想に影響されないでくださいね。

本の途中で「やめようかな」 それでもがんばって読み続け

またまた、「途中だけれどやめよう」投げ出すのが悔しくて

読み終わって「うーん」

 

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読書の秋

浦島太郎状態の私には、昔の日本にあって今の日本にはないものがよくわかりません。

「読書の秋」というのはいったいまだあるのでしょうか? 
ぜひあってほしいというのが私の希望です。

別に秋に限ることもなかろうと思うのですが、本はぜひたくさん読んでいただきたいと思っています。
別に私は作者でも、編集者でも、本屋さんでもありません。ただ、単に本が好きなだけ。

自分が知らない世界を垣間見ることができます。
次には何が起こるだろうかとワクワク感を与えてくれます。
自分だったらどうするだろう、と考える機会を与えてくれます。

この「考える」という部分が今の私たちには欠けつつあるのではないかと不安です。

わからなかったらグーグル、できなかったら知恵袋、知りたかったらエコーやらなんやらと安易に答えを求めがち。もっとも、そういう場所、機会、道具があるからよけいなのでしょうね。

しかし、勝負は自分の頭と心。それを豊かにしてくれるのが本であると私は信じているんです。

コーヒーを飲みながら、本のページをめくり、好きなクッキー、おせんべい、お団子なんてあったらもう夢見心地ですよ。

あ、今日、豆大福食べました。たくさん豆が入っていて美味しかった!

歴史の本を手にとって

なんか、「歴史」というと学校のお勉強のような気がしたします。しかし、そうではなくて自分達が今このような生活をしているのはなぜだろう? どうしてこの国の人はこうなのかな? とか、習慣が昔からあったものなのかなどを知りたくなる好奇心というのを大切にしたいと思っています。

アメリカでは大統領の言動、移民問題、銃暴力、ホームレス、賃金格差、モラルの低迷などたくさん問題を抱えています。これはおそらくアメリカだけではなく多かれ少なかれどの国でも経験していることだとは思いますが、自分が住んでいるものですからよけいに耳に入り目にもする機会が多いんです。

何が起こるにも原因があり結果がのは当然のこと。アメリカは移民の国と言われていますし、誰でも平気で「移民の国」と呼んでいるものの、じゃ、最初に来たのは誰? どうして? どうやって生活したの? という疑問がわきますよね。私も記憶はあやふや。

イギリスでの宗教革命で自分が求めるキリスト教をイギリスでは信仰できないと考えた清教徒(ピューリタン)がメイフラワー号に乗ってきたこと、そして、アメリカ原住民との戦いがあったこと、そしてイギリスから独立して、なんてくらいは覚えているものの、この国の礎となった人たちの血を今のアメリカ人が引いているとしたら、アメリカに上陸した人たちとはどういう信念を持った人たちだったのだろう? と興味が湧きませんか?

グーグルするのも結構。でも、信頼できるサイトであるかを見極めるのもむずかしいし、それならとりあえず歴史著書を書いている人の本などを探してみるのが面白いかな、とも感じてます。

「どうして?」「どういうつながり?」

さらに、メイフラワー号が到着した頃、日本ではいったい何が起きていたのかしら? と並行して考えると、これまた新しい目で日本が見られます。ヨーロッパの植民地政策の犠牲にならなくてよかったぁなんてことも感じたりします。

右で赤、左で青に魅せられ、上で本に目がいく

家のあちらこちらに毛糸や、編みかけのものが散らかっている我が家。主人は決して良い顔をしませんが、どこに行っても何かを編んだり本を読んだりせずにいられない私を知っているので苦情を口に出して言うことは滅多にしません。

私もどこにいても自分が好きなものに囲まれて生活できるので喜んではいるのですが。。。 ある部屋でたとえば何かを編んでいたとしますよね。洗濯機が終わったことに気がついて、洗濯物を干そうとする途中でついつい別の毛糸が目に入って

「あれ、この毛糸、そういえばこの間ぴったりのパターンが見つかったわ」としばらくそこで立ち往生。

洗濯もをやっと干して、じゃ、お茶でも入れましょうとキッチンに行くとそこにはさっきまで読んでいた本が。

「どこまで読んだっけ?」 とこれまたパラパラとページをめくりお湯が沸くまでと思っていたのに、やかんがしゅんしゅんしているにも気がつかず本に夢中になり、お茶を入れてじゃ、またさっきの編み物を続けましょうと思うものの、右を見るときれいな青いモヘアがあったりして、これまたもう大変。

「このモヘア、どれくらいあったかしら? この間編もうと思っていたショールに足りるかしら?」 とまたまた気持ちはどこかへと飛んでいくんです。

心はあっち行ったりこっち行ったり、そうこうしている時間に夕食の準備の時間になって、結局何もできなかったと自己嫌悪に陥る日がどうもここのところ続いているような気がします。

今、これを書いている机の上には生成りの糸で編んでいるカウル、それから編みかけの帽子、あと、残っている毛糸たちが机の上から落ちてしまいそうにどんどん隅っこに追いやられています。そして、その左の棚のようなところにはブロックしなくてはならない帽子が2枚、編みかけの手袋が一つ、この間まで編んでいたショールのための次の毛糸のボールが「私の順番まだぁ〜?」と言わんばかりに群れをなしています。

これからは何かをしに動くときは前だけを見て脇見をしないようにするのがいいかもしれません。競馬の馬のように目隠しもいいかしら。

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60の手習い、ではありませんが。。

自分が好きなことが見つかり、それを楽しめている斗いう事実に幸せを感じています。編み物、そして読書、書くこと、みんな大好きです。しかしまだまだ新しいことにも挑戦したい、と欲張りな1年になりそうです。

少し前からまた始めたピアノもその一つ。中学受験でやめて以来ずっと触れることもしなかったピアノですが、数年前にまた弾き始めました。指は全然動きません。楽譜だって前みたいにサラサラっとは読めないし、記憶力はさらに落ちています。だから、一つの曲を練習するのに時間がかかること、かかること。そして、少し弾かないでいるともっと指が動かない。でも、弾きたい曲はたくさんあります。

めげそうになりますね。しかし、考えてみれば、これは何を始めるにしても誰もが通る道です。編み物だって、語学だって、絵を描くことだってなんでもそう。小さいときにやったことだと「雀踊り百まで忘れず」とはちょっと違うかもしれませんが、身体と頭が覚えているので少しは楽です。そうはいっても上達しようとするには努力がかかせません。

別に誰と競争するわけではなく、自分のペースで楽しみながらできるのが「60の手習い」の良いところ。自分がやりたいことをやりたいだけすればいいのですものね。つっかえつっかえのピアノだって、昨日より少しだけでも上手に弾ければそれでハッピー。逆に練習してもなんだか全然上手に弾けないとアンハッピー。今日は、私がピアノを練習しているときに主人がおでんの鍋の番をしていてくれました。

編み物も本格的にまたやり始めたのは数年前です。中学のときにマフラーとか編みましたがまっすぐ編むだけのものでした。まだまだ編み物も知らないことたくさんありますし、練習して上達しなくてはなりません。少し新しいことに挑戦もしたいし、こういう楽しみがあると励みになりますね。

あまり欲張って何もかも中途半端にならないように、でも、たくさん編んで、読んで、書いて、弾いて、食べて(笑)貪欲になってがんばりまーす。

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ながら編みをしていたら目を落としていました

だから言わないこっちゃない、と言われそうですが、ついついしてしまう「ながら編み」

今回のソックスはずっとメリヤス編みできていたので油断して本を読みながら編んでいたんです。ときどき目の数を確認したり、3本針で編んでいるので針と針の間が隙間ができていないかなどを確認しながら。ミステリーを読みました。最後の方になると早く結果が知りたいから編み物はおろそかになり頭は活字の方に集中。

メリヤス編みが終わりかかとのフラップを編むところで本を閉じルカ、編み物をちょっとしたにおけばいいのに欲張った私がいけなかったんですね。30目あるはずのかかとのフラップが29目しかない。「?」数え違いかもしれない、といった希望的観測は見事に打ち砕かれ、泣く泣く4段かな、ほどきました。

フラップなので、表側は1目すべり目して次を表で編んでいるので、ちょっと注意しないと変な目を拾いかねません。それに0号で編んでいるから目が小さい。老眼の目にはきついんですよ。これがまた。

拾い上げてフラップを編み始めました。かかとを編み終えるまで本は閉じよう、と思ったんですが、手の届くところに本はアリーの、意志はよわいーので、ページを開いてとりあえず編み物に集中して、数行だけ本を読んで、また編み物する、というあまり効率が良くないことをしてしまいました。自分でもわかっているけれど止められませんでした。

無事にその本を読み終え、これで少し編み物に集中、と思ったものの、次の本が並んでいるのでそうもいかないようです。

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マルチタスキングができているような、できたいないような。

町中の人に「あなたはマルチタスクができますか?」と言うと、多くの人は当たり前のような顔をして「はい」と言うそうです。自信を持つのは大切ですが、これも程度問題。

それにしては運転中に急にスピードが落ちたり、右に左に蛇行したり、信号が変わっても発進しないドライバーが多いのはどういうことでしょうね。とても危険なことなのに、自分は運転も携帯電話の扱いも完璧にできていると信じてやまないとしか思えない人運転している車の後ろには絶対につきたくありませんね。

正しい質問は「マルチタスクをするときに、両方の仕事の効率は何%くらいできているか?」ではないでしょうか? 世の中、いくつものことをやろうとすると、確かにできてはいるものの、ずいぶんいい加減なやり方ね、と思うこと、ありませんか?

やりたいことがたくさんある私も、何とかマルチタスキングをしていくつかのことを一度にできないか、ともくろみました。結果? いや、あまり芳しくなかったですね。組み合わせたのが、本を読みながら単純なメリヤス編みをすること。メリヤス編みは何とかできましたが、本の内容はあまり頭の中に残っていないような。。 電話で話しながらメールを書いてみましたが、電話の相手の方に失礼、と思ってすぐにやめました。料理など、ちょっと煮立つ間に他のことはできますが、いつも集中していなくてはならないことをやっているときに、他の動作をするのはやっぱり効率というか、仕事の質が落ちてしまいますね。

もちろん、「自分はそんなことはない」と言い張る方もいらっしゃるでしょうが、そういう方はぜひ、まわりの方の感想を聞いてみると良いと思います。自分の評価と相手の評価、違いますものね。

私の失敗談ならたくさんありますよ。
いや、何を隠そう、考えことをしながら編み物をしていて、ガーター編みなのに、急にメリヤス編みをしてしまったんですよ。どうしてなのだろう? 全然むずかしいことではないのに、急に指が違うことをしていたんですね。やり直さなくちゃ。いやだいやだ。

ほうきをかけながらマフィンにボールを転がしたら、ボールを得意そうに見せに走って来た彼女に、せっかく集めたホコリが舞い上がってしまったと言うイヤな経験もあります。

ブログを書きながら本を読んだりしていると、漢字を間違えたり文章の意味がつながっていなかったりして自分で驚きます。そう、マルチタスキングの動作はできていても、結果を見ると非常に「?』 一つずつこなしていった方がすべて良い結果がでるのかもしれませんね。

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