戻ってきた手帳

編み物をしていると本当にいろいろな人と出会い、おしゃべりをする機会に恵まれます。

これも先日、たまたまカフェで出会った女性の話。彼女は旅行中で、近くの毛糸屋さんをまわってきたと、毛糸やパターンが入った袋を見せてくれました。そして、

「聞いてくれる? いい話なのよ。この間、フロリダの毛糸さんで買い物をしたとき家、その後に食事したレストランに、編み物の手帳を忘れてきたの。編んでいるもののパターンの名前や、使っている針の号数、そして、自分で手を加えた部分を書き込みながら、その日あったことを少しだけだけど書いてきた、私の日記みたいなもの。毎日持って歩いているものだから見つからなかったときは大ショック。落ち込んじゃったわ。別の手帳を買ってまた新しく始めたのだけれどね、その手帳の中にたまたま友達の住所がかいてあったものだから、拾ってくれた人が彼女のところにその手帳を送ってくれたの。そして、私の手に戻ってきたというわけ。編み物をしない人だったら中を見たってまるで暗号が並んでいるようにしか見えないだろうから、きっと忘れてきたのは毛糸屋さんだったのね。私の電話番号も名前も書いてなかったから唯一の手掛かりの友人宅に送るしかなかったのでしょうね。でも感激。わざわざ郵便局まで行って送ってくれたのですもの。その人にお礼をと思ってさっき紅茶を買って来たのよ」

金銭的に価値があるものではないけれど、自分にとってとっても貴重なものってありますよね。それをなくしてしまったら、暗〜い気分になってすごくがっかりしているだろうなぁ。ちょっとした人の親切だと思っても相手の人に与える暖かみってすご〜く大きいのでしょうね。

全く見ず知らずの人でしたけれど、この話を私にしてくれているときの彼女の表情はとっても嬉しそうでした。

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手編みはお金がかかってない?

ある人が言いました。「私の家族はプレゼントに手作りのものをあげると、買うよりも手作りをしてお金を安くあげているのね、と言うの」

手作りの方が安上がりだという印象を持つ人はもしかしたらいまだに少なくないのかもしれませんね。でも、毛糸の価格を考えたらそれがいかに間違っている認識かがわかります。さらに、素材が良い毛糸を選んだらなおさらです。そこに、編んでいる人の愛情、時間、そして手間がはいるのですからどんなに暖かいプレゼンになることか。

また、手作りは市販のものよりも形が悪いとか、出来上がりの見栄えが悪い、と思う人もいるのかもしれませんね。もっとも、何をするにしてもまだまだ初心者の時にはなかなかうまくいかないもの。でも、そういう時期をへて誰でも技術を上達させて行くのだから、仕方がないことです。練習を積んで皆、いろいろなことができるようになるんですよね。家族ならそれを応援してほしい、と思います。

どんなに素敵で複雑なパターンのショールをプレゼントしても、

「あら、これあなたの手編みなのね」とフンと鼻であしらいクローゼットの中にしまわれるのを見て、彼女はもう2度と手編みのものを編むまいと決心したそうです。

ふと思いついて彼女に言いました。

「あなたが編んだものをどこかで買ったことにしてプレゼントして見たら?」 と。人を試すようなことをするのは好きではありませんが、実際目の前にあるものを見て判断するのではなく、「手編み」か「市販」かというレッテルで判断する人の、基準がどの辺にあるのか、少し見えるような気がししたものですから。

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あなたの孫にセーター編んでいいかしら?

編み物仲間の中にとても現実的な人がいます。自分の家族に何かを編んだってクローゼットからあふれるだけ。それなら誰かのために編みたいし、小さい子供のものならすぐに編めるし、ということで、

「あなたの孫にセーター編んでいい?」 という質問が飛び出すんです。しかも、自分で毛糸を買うといいます。

しかし、編んでもらってさらに毛糸まで買ってもらうわけにはいかない、と「自分で毛糸は買うわ」という人の方が多いです。しかし、どの人もみんな編み物をします。だから、どの孫もそれなりに手編みのセーターとか帽子はすでに持っているはず。。。 

編み物をしない人ならまだしも、編み物をする人に手編みのものをプレゼントすることは避けるようにしてきたんですよね。でも、気持ちは気持ちですから、「してあげたい」という気持ちがどういう形で出るかは人それぞれなのかもしれません。

でも、ソックスとかは家族の分を編むのはそれなりに大変だと思うんですよねぇ。足が大きかったらなおさらでしょう? 

手編みのプレゼントが手慰みのプレゼントにならないようにと、これだけは心がけているつもりですが、それでも押し付けのプレゼントが渡っているかもしれません。冷や汗と笑いです。

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ツアーガイド

ポートランドは何回か来たことがあるので、なぜか私がツアコンをすることになりました。地理が頭の中に叩き込まれているという理由から。ツアコン、気を使います。まず、皆の足の具合から始まります。ポートランドは公共の乗り物があるのでそれに乗るか乗らないかから始まるんです。

「これくらいの距離歩くけど、大丈夫?」という質問に、

「全然平気」という人、
「ゆっくりなら歩けるわ」という人。

それなら、ゆっくり歩きたい人に先頭を切ってもらうことにして彼女と一緒に歩き出しました。道筋に毛糸やさんがありましたが、そこは11時にならないとあかないために、後に回して、前に進みます。Powell’s Book Store という誰もがよだれを垂らしそうな本屋さんがありますが、それも後にしないと荷物が重くなり歩けなくなります。そこで次の毛糸やさんに向かって歩き続けました。

Knit Purl というお店にたどり着き、思いのままに毛糸、パターン、小物を手に取り歓声をあげながら店の中をさまようこと約1時間弱。椅子に座り本をパラパラ。サンプルのショールを首に巻く人、パターンのありかを質問する人、まぁ、好き勝手に動き回りお金を払って店を後にしたときには誰もがもう幸せそうな表情をしていました。

「これなら、次の場所に向かっても歩けるな」と判断した私は、一人の人が行きたがっているSaturday Marketに向かって出発。いろいろなアーティストが店を出しているマーケットなのです。面白そうといっても、人は多いし、店はたくさんあるしで、だんだんみなが疲れて来ているのを感じた私は皆をまとめて

「Powell’s まで戻ってそこでお茶にしましょう。軽く食べるものもあるだろうし」

反対の意見があるはずがありません。本屋さんまで戻り混んでいるコーヒーハウスで3人と2人に分かれて座りランチ。それから一人は友人に会いたいからと別行動。もう一人は疲れて動けないからコーヒーハウスに残って荷物を番する役をかって出て、私とあと2人は本屋さんの中に出かけて行きました。

最初に開いていなかった毛糸屋さんに行きたいという意見を聞き、どうせホテルへの帰り道だからとそこにより、その間に一人の人はカップケーキを買いに出かけ、皆でホテルの部屋でお茶を飲みながらカップケーキをいただきました。

お腹がいっぱいになると眠くなるのは誰もが同じ。一人は昼寝をしたいと言い、残りの3人はもう一度昨日行った毛糸屋さんに行こうと話がまとまりまた外に。

そのあとは5時半に夕食のために集合することを決め各自の部屋に戻って休みましょう、ということでいまこれを書いているわけです。

書いているうちに随分いろいろなところに行ったなぁと急に疲れが出ています。

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長くても短くても

使っている毛糸を残したくないからといって最後まで編んじゃおうと調子よく進んでいたらマフラーが2メートル50センチにもなってしまった、と小柄な友人が嘆いていました。首に2じゅうに巻いてもまだ長いからほどくことにしたようです。

糸を使い切りたいのは誰も同じ。ちょっと残りの糸はあとで何かの役に立つであろうとしっかり残してあるものの活躍の場に躍り出るのはいったいいつのことやら。

糸に限らず、端切れもそうだし、リボンとか捨てられない。だから、使える時に使い切ってしまいたい。

とは言ってもそうは問屋がおろさないんですよねぇ。泣く泣くほどくくらいなら、小さいボールにして撮っておけばよかった、とは友人の弁。

私も似たような経験ありますよ。袖を少し長くしたり、首回りを多めに編んでちょっとハイネックにしたりと。

編み物だと「良いわ、ちょっと残りは嫌だから使っちゃおう!」と言えることもないわけではないですが、料理はそうはいきません。ま、レーズンとかくるみなら少しくらい多くても良いけれど、砂糖、小麦粉などはそうはいかないし、ドライフルーツだって入れすぎたらゴロゴロしてしまうでしょう? 何をするにしても適量というか、適当なサイズというものがあるんですよね。

適当なサイズと言えば、プレゼントをする人の体型も考えなくてはならない大きい要素。身長が2メートルくらいある人ならスカーフが2メートル50センチだったってそれほど違和感はなかったと思います。逆に友人(1メートル50センチちょっと)のサイズで編んだマフラーは長身の男性には短すぎ。

ソックスだって足が大きい人にプレゼントするとなると普段自分が考えている毛糸の使用量など全部一回忘れて新しい情報をインプットしないと間違える可能性大。

編み物は単純作業と思われがちですが一筋縄ではいかないところがたくさんあるんですよね。

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片付けは右から左へ

「今日は毛糸の片付けをするわ」という私に

「ま、ムリだろうけれど幸運を祈るわ」というすげない友人の答え。もう少し励まそうという意識はないのだろうか? とプンプン?しながら家に戻り毛糸の箱を引っ張り出して中途半端な糸の箱、夏糸の箱、織物に使おうと思う糸など分類を始めました。

少しは減らせるかしら? というかすかな期待もありましたが、それは見事に打ち砕かれ、毛糸が右の箱から左の箱へ、上の箱から下の箱へ移動しただけでした。

それでも、どの箱にどの糸があるということの記憶が新しくなっただけでもよかったのかしら? 1週間後くらいにはもう忘れているだろうけれど。

ここのところ、毛糸だけではなくて紡ぐためのファイバー、紡いだ後の毛糸も増殖しているために部屋がひどく見苦しくなっていました。

使わないもの、いらないものは始末していかなくてはならないんですよねぇ。

片付けきれないでいるのは去年の冬から今年にかけて使っていたショールたち。これからせっせと洗ってしまわなくては。手間を考えると気が重くなるけれど、洗濯機に入れるわけにはいかないから全部手洗い。乾くのに時間がかかるから一度に洗えるのはせいぜい2、3枚かしら。

そうだ、バケツを買いに行かなくちゃ。手洗い用に買ったバケツがちょっと大きすぎてこれに水を貯めたら重くて動かせ無くなってしまいます。

 

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マフィンも入れそうです

大きいバケツが隣に来たものだからイヤァな顔をしながらもポーズを取ってくれたマフィンなので写真を載せることにしました。

 

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呪われた糸?

「また、間違えたわぁ〜」と大きい声がテーブルの向こうから聞こえてきました。

「またほどかなくちゃ。何回ほどいているのかしら? この糸、ぼろぼになりそう」 そういう毛糸ってあるんですよね。毛糸が悪いわけじゃありません。たまたまそういう運命の糸。

続けて彼女が言うには、

「息子の嫁にスカーフを編んであげると言ったら、首のまわりに巻くものはいらない、と言われたのよ。だから、じゃ、帽子でも、と言ったら、その色は好きじゃないですって」とプリプリ。 

なるほど、その糸だから余計にイライラして間違えるのかも、と

「その糸、きっと呪われているのよ」と私。

「確かにそうかも。嫁の呪いかしら? 私は負けないわよ〜」半分冗談だと思います。しかし、その呪われた糸をしっかり握って目を皿のようにしてほどいた目を拾って編み続ける彼女を見て、その覚悟が感じられました。出来上がったものはきっとすごく硬く編まれたものになるでしょう。これをもらった人、背筋がぞくっとするかも。

だから言ったんです。

「時間をかけて編んでしまった後に、いらない、と言われるよりいいんじゃない? 正直な人なのかもよ」

残念ながら私のこの言葉は彼女に届かなかったみたいです。

こんな話もありました。

自分が編んだものを身につけていたらお嫁さんが

「それ素敵ですね」というので、同じものをもっと高い毛糸で編んでプレゼントしたとか。でも、全然使っている様子がないので孫に聞くと(ここがミソ)

「ママ、全然使っていないよ。だって、クローゼットの奥の方にしまってあるもの」ですって。

「2度と嫁には編まない!」と息巻く彼女の気持ちもわかります。

こう考えると、最初のお嫁さんの方が罪がないかも。でも、言い方一つで受け取る方の気持ちは違います。やんわりと外交的に話していたらこういう「呪い」は起きなかったかも。

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