言葉

言葉の大切さを感じていますか?

ついつい言葉を短くしてみたり、英語を日本語として扱ったりと私たちは言葉に対して無神経になっている気がしてなりません。

日本語にないものをカタカナで日本語のようにするのは無理がないことですが、立派な日本語あるにもかかわらず英語、といっても発音は日本語ですから英語とはかけ離れたものですが、を当てる風潮がとても気になるんです。

そもそもなぜ、その言葉にその漢字が使われたのか表意文字の感じには理由があるはずです。それに比べて英語は表音文字ですから100%文字の使われ方が違います。

こんなことを考えるのは歳を取ったせいかなぁ? と思いつつ、でも、年齢を重ねているからこそ考えることを今のうちにもっと若い方達に伝えるのも仕事なのかも、と変な使命感に駆られました。

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これは本当におすすめの一冊です。「作文教室」という題名ですが、日本語に対する作者の思い入れがひしひしと伝わってくるだけではなく、私たちが気にも留めない日本語の面白さを教えてくれます。

言葉への愛着を忘れてしまわないようにぜひ、この本を読んでみてください。

暑くて編み物は進んでいません、と言いたいところですが、しっかり帽子を編んでいます。

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大丈夫、大丈夫、大丈夫じゃない

最近とても気になる言葉「大丈夫」

どうしてここに「大丈夫」という言葉が出るのかわからないということありませんか?

今日、私は無料定期健康診断に行きました。

「朝ごはんは食べていませんね?」という受付の方の質問に対して、私の隣の人は

「大丈夫です」

おそらく、食べてきていないから大丈夫ということなのでしょうが、「食べてきていません」という代わりに「大丈夫」

流行り言葉なのかなぁ? 「ご飯食べる?」という質問に対して「大丈夫」という返事に困る、ということもあるようです。食べなくて大丈夫なのかしら?

この「大丈夫」の使い方には私は大丈夫ではない!

さて、気を取り直して昨日編んでいた帽子が編み上がりました。

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メインの色は一色の毛糸で、そしてコントラストに使った糸はいわゆるspeckled なのでいろいろな色が出ました。派手かもしれないけれど、クラっぽくなりがちな冬にはいいかな、と思っています。

 

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あっという間に出来上がりました。色を楽しめる編み物は大好きです。

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日本語でも難しい

アメリカに住む友人からメールが届きました。

「日本語の編み物の本を買ってスカーフを編み始めたけれど、わからないところがあるの。教えて」

いったい、何を始めたのだろうと詳しい話を読むと、嶋田俊之さんの「裏も楽しい手編みのマフラー」の本を買って、両面にアラン模様が出るスカーフを編み始めたみたい。右が上に来る模様は簡単だけれど、左が上に来る模様がなんどやってもできない、ということ。

自分で編んだことがないものの説明はむずかしいし、いい加減なことは言いたくないし、と思いながら、今日本屋さんに行って本を買ってきました。

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わからないと言われた模様編みを見ると、私も唸ってしまいました。日本語でもむずかしいじゃない、これ。やってみないとわからん。と友人にメールを打ちました。だから、ちょっと待つようにと。

あまり、忍耐力がある友人ではないので、私があれこれやっているうちに自分で解読するかなぁとも思います。

日本語の編み物の本はチャートが多いので日本語がわからなくても経験がある人はそこそこ編めてしまうんですよね。さぁ、できるかしら?というところで今編んでいるものはちょっとお休み。

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なぜ日本語ではいけないのでしょう?

パトカーが走っていました。横にPatrol Car と書かれ、⚪️⚪️Police とこれまた英語。

どうして? ここは日本であるのになぜ、日本語で書かないのでしょう? ⚪️⚪️警察 と書かない理由は一体何? それほど英語で書くことに価値を見出しているならまず、日本語で書いておき、その下に英語で書けば良いものを。

英語で書くことを優先する気持ちの裏にはどういう心があるのでしょうか?

1)英語ができることが必要だから<ーそれなら日本語を先に書いてから書けばいい

2)英語で書くほうが格好いい?<ーいやいや、それはないでしょう。どちらのほうが格が上とか下とかそういう問題ではありませんし

3)英語で書くことを上のほうから求められている?<ー一体誰が? 何を考えているのやら

日本語というれっきとした言語がありながら英語を使いたがるのはまるで日本を使うことを卑下しているようにすら思える時があります。

どっちだっていいじゃない、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それは違います。自分の国の言葉はもっと大切にしないといけないから。言葉に対してもっと敏感である必要を感じなくてはならないから。自分の国の伝統、習慣よりも他の国の習慣を大切にするのであればその国に住めば良いと極端に言ってしまえばそういうことになりますよね。日本の外に出て暮らしてみて始めて自分の国がどういう国であるのか、どこが違って何が大切なのかが見えてくるからです。旅行ではちと短すぎます。

旅行は日程が限られていますし、目につくのは良いところやら綺麗なところばかり。実際に生活してみるともっともっと深い部分が見えてきます。

お友達の家に遊びに行ってそこがうらやましいからといってそこのお家の真似ばかりしますか? それでは自分のお家の持っている独自の良さは失われます。

やたらにカタカナで名前をつけるのをそろそろやめて日本語の美しさを日本国民自身が感じ取れなくてはいけないのにとても残念です。

 

いろいろと曖昧な日本語

日本語とは本当に便利で、別に主語を省いても相手に意味が通じればよく、また、述語がなくてもすごく変という感じを持たないことが多いですよね。

それに比べて英語は主語、述語がはっきりしないと文章として成り立ちません。まぁ、会話の上では名詞だけで通じますけれど。

一番困るのが翻訳をしている時。この文章の主語は一体なんなのだろう? 自分の解釈と書いている人の解釈に違いがあったらまずい、と確認をしますが、それを面倒臭いと思われる方もいいたりするのでなかなか苦労します。「それくらいわかってよ」と言われても、違う意味になってしまったらあとで困ります。わかりにくい文章を書かないで欲しいなぁと思うのですよ。

そして、「こういう」とか「そういう」とか指示代名詞も多い言語ですよね。同じ言葉を繰り返すことなく言えるという点では本当に便利。

まぁ、言葉は本当におもしろいです。

なぜ「ハンドレール」?

ユニクロのエスカレータ乗り場にこう書いてありました。

「ハンドレールにおつかまりください」

なぜ、「てすり」ではいけないのか? なぜ「ハンドレール」なのか?

英語を日常的に使わせたいのかどうかわかりませんが、私たち日本人にはきちんとした「日本語」があります。それをわざわざ変なカタカナ語にすることは愚かしいと私は思っています。

英語を勉強するのはもちろんよろしいこと。外国語の勉強に力を入れるのはそれぞれが一生懸命すればいい。それと今まであった日本語を英語もどきに変えることは全く別物。

自分の国の言語を平気で別の国の言語に入れかえようとする国は前代未聞、と私は思います。いったい、自分たちの日本人という意識はどこにいってしまったのやら。日本語しかできないことは恥ずかしいことではありません。

アメリカ人の多くは英語しかできません。それと同じこと。たまたま英語が世界で使われているだけといるから彼らは1言語しか話さなくても国際人のように取り扱われるのですよ。

それなら日本語と英語と両方きっちり話せるバイリンガルの方がずっと国際人だと私は思うのですがいかがでしょうか?

 

日本語はステキ

日本語と英語の行ったり来たりの生活をしていると二つの言語の表現の違い、もしくは論理の違いを感じてとてもおもしろいと感じることが多々あります。

先日、あるショールを編み上げて端の始末をしていました。最後だからつい気を抜きたくなりますが、きちんと仕上げないと出来上がりが全然違うんです。きつく始末してもゆるすぎてもダメ。

そんなことを考えながら始末をしている時にふと思ったのが、日本語ならば

「すそが平らにならない」から始まり
「すそがビラビラしてしまう」とか
「すそが波打っちゃって」
「すそが平らにならなくてふわふわしてる」いろいろ思いつきますが、

英語だと
“The edge is not flat”
“The edge looks wavy” くらいしか思いつかない。。

私の英語力不足なのかもしれませんが、日本語というのはとにかく表現がこれでもかこれでもかとあるんですよ。日本語を教えている時にもすごく感じます。逆に教えにくい。だって、あまりにたくさんの言い方があるのですもの。

私はこの二つの言語しか知りませんからきっと、日本語のようにいろいろな表現を持つ言語も他にはあるのでしょうね。こんな言語を母国語に持つ私たち、日本語の素晴らしさを自分たちがもう一度認識しないといけませんね。

あの赤くてケーブル模様のの日本のパターン?

何を思ったか友達が、

「ね、赤くてケーブル模様のセーターのパターン、日本のなんだけれど知らない?」

「はぁ?」 そんな唐突に赤いセーターと言われてわかるわけないじゃないですか。

「デザイナーの名前もわからないの? それじゃあまりにおおざっぱすぎてわからん!」

「そうよねえ。どういうデザイン科頭に浮かぶんだけど。たくさんケーブルがあったのよ。色は赤。あ〜、気になる〜」

というところで会話が終わって数日後、メールが来ました。

「探したのよ。あちらこちら探したら見つかったの! 2005年にすごく人気があったのよ、アメリカで。日本語を読めなくても日本のパターンは図になっているからなんとか編めたよ。これこれ、見てみて。」

と送られてきたリンクを見ると、嶋田俊之さんのパターンでした。ふーん、あの方ってその頃からデザインをなさっていたんですね。どうもそういう情報に疎くなって困ります。

なんという執念と思いましたが、でも、気になり始めるとこういうことって気になるんですよね。なんだかわかって私もスッキリしました。 Am Kamin というパターンです。よろしかったら見てみてください。ケーブルはいいですねぇ。

さらに、このパターンがアメリカで人気になっていたとき、模様がしっかり出る毛糸を探すのが大変だったようですよ。アラン模様のセーターって本当に毛糸を選びます。上手に選ばないとせっかくの模様が台無しになってしまいますから。

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バーバリーのカウルを真似たカウル

このパターンは数年前に出ました。パターンを作った人はたまたまバーバリーで似たカウルを見つけ値段を見るとなんと750ドル!(数年前ですから今もあるかどうかはわかりません) そこでなんとか似たようなものを自分で作れないかと作り出されたのがこのパターンなんです。Burberry Inspired Cowl という名前がついています

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私はモヘアと並太くらいの糸を2本引いて編みました。

作り方です。(ご自分でプレゼントなどのために作られるのは良いですが、作ったもものを販売、もしくはこのパターンを転売することはこれを作った方が禁止ていらっしゃいますのでどうぞ、守ってくださいね。)

作り目: クサリから拾う作り方で58目。

*最初の目はいつもすべり目してください。

1段〜10段目  メリヤス編み(表は表編み、裏は裏編み)

11段目     すべり目1目。表で2目。なわ編みようの針に8目移し、前におきます。左の針にかかっている8目表編み、それからなわ編みの針にかかっている8目を表編み。表20目。 表で2目。なわ編みようの針に8目移し、前におきます。左の針にかかっている8目表編み、それからなわ編みの針にかかっている8目を表編み。 表3目。 (3+16+20+16+3=58目です)

12段目〜24段  メリヤス編み

25段目     すべり目1目。表で20目。なわ編みようの針に8目移し、後ろ側におきます。左の針にかかっている8目表編み、それからなわ編みの針にかかっている8目を表編み。表で21目 ( 21+16+21=58目です)

25〜30目    メリヤス編み

これを自分の好みの長さまでくりかえし、最後は目にかかっている目と、クサリ目をといた目をはいでできあがりです。

これはこのパターンが出てすぐに編んだもの。これもモヘアを引いています。モヘアが大好きなものですから。

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中途半端な長さはあまり好きではないので少し短めに。ピンクは周囲が約55センチ。レンガ色はもう少し短く50センチ(糸がなくなりました)

ピンクのカウルは愛用しています。レンガ色はプレゼントです。

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日本語のパターン? 見せて

ケーブルの帽子を編んでいます。パターンは日本の本に出ていたもの。目ざとく見つけた友人は、

「何編んでるの? 帽子? パターンは何?」
「これ。日本語だけどね」
「見せて、見せて」とあちらこちらから手が伸びます。

日本の編み物の本はチャートが出ていますから、ケーブルをどこに入れるかなど一目瞭然。1目ゴム編みから本体に移る時にはどこで増やし目をするかなど、とてもていねいに書かれているから編んでいるほうはチャートに従うだけ。というのはチャートに慣れている私たちだから言えることかもしれません。

編みこんでいるアメリカ人、そしてドイツ人の友人はチャートを見て、「あ、これなら私も編める」「どれどれ、本当だ。わかりやすいね」

そうですよ。日本語がわからなくても記号を見れば帽子ですから想像がつきます。もし、右上2目一度が左上2目一度になったところでずっとそのルールに従えばなんとかなっちゃいますもの。

しかし、それ以外の人たちは尻込み。しっかりチャートを見ることもなく「私にはムリ」「チャートは読めない」という反応。

チャートはそれを見ただけで、例えば20段あとがどうなるかわかりますから私は好きなんです。一行一行書かれているこちらのパターンは数段先までは読んでも、全部を読む気にならなくて。最近ではschematics(丈、袖などの長さが書かれている図です)が付いているパターンが増えてきているのでそれを見ると全体像がつかめます。どういう形かを見れると、何かを間違えた時に「ちょっと違うみたい?」と気づけます。

でも、1行1行の説明に慣れている人たちの中にはチャートに拒否反応を持つ人も少なくありません。慣れ親しんでいるものから離れて(離れる必要もないか)新しいものに挑戦するのは決して簡単なことではありません。私にとって4本針とマジックループの関係みたいです。輪に編む時はいまだに私は4本針の方が心地いいんです。

そんな話をしながら編んでいたら「あ、間違えた!」 そう、なわ編みを始めなくてはいけないところを無視してずっと表編みで編んでしまいました。20段くらいも。「間違えたから、もうやめる。家に帰ってからほどくから」とブツブツいうとまわりは大爆笑。さっきほどいて目を拾ってまた編み出しました。

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