履歴書書くのはむずかしい

さて、履歴書を書きましょう、と思い立ったものの、いざ書き始めるとむずかしい。

まず、学歴でうーん。いったい、何年に入学して卒業したのはいつ? と指折り数える始末。なんといってもずーっと昔のことですからもう忘れてしまいました。しかし、間違っても学歴詐称だけはしたくありません。

それに、私、父の転勤で高校中退、編入、大学中退、編入をしているので、これを全部書くと欄がいくつあっても足りません。

アレヤコレヤ書いて、職歴も並べ始めたら日が暮れてしまいました。

年齢を書かせ、性別を書かせ、写真も貼らせるというのには驚きましたがこれも仕方がないのでしょうね。

だいたい、定年を70歳にまで伸ばそうと言いながらその受け皿が準備してなかったら高齢者は再就職もできません。定年が70歳までと言われても同じ職場で70歳まで勤め上げられる人がどれくらいいるというのでしょう?

まだ、そこまで手が届きませんがそうはいっても誰でも同じように年をとって行きますから、明日はわが身ですよ。

無事に書き終え、メールで送るのであればとりあえず写真は失礼してしまおうかしらね、といつものいい加減が出ています。

でも、履歴書から何がわかるというのでしょうね。プロの方に教えていただきたいです。

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「美しい⚪️⚪️ 」「美女⚪️⚪️」が通用するなんて

テレビを見ていた驚くこと。「美しすぎるスケーター」「美しい柔道家」「美女アナ」

こういう言葉がメディアに普通に通用しているのは驚くこと。スケーターにしろ、柔道家にしろ、強いこと、勝てることが大切なことであり、それと「美しい」はまったく無関係。

「外国では」「海外では」と諸外国で人気の店やら商品やら伝えるのが大好きなテレビ局がなぜ今だに、こういう言葉を平気で使っているのか。

男女平等が言われる今、性別、年齢、職業、肌の色その他に関わらず平等であることを訴えているらしいメディアが外見を形容する言葉でスポーツ選手をはじめとした職業についている女性を紹介するのは恥ずかしいですね。

そしてこれが日常となり何もおかしいと感じなくなっている感性はどこかで変えていかなくてはならないのでは? あちらこちらでグローバル化、国際社会と騒がれていて変えようとしていくのであればこのような根底に流れる「かわいい」「美しい」「若い」を賞賛する概念を払拭していく努力をするのが迫られているように思っています。

「美しい柔道家」というワイドショーをフジテレビでを今朝見て思わず書いてしまいました。顔で柔道を取るわけではないですし、誰もが努力をして強くなるのですもの。