思い出の「間違い」

ワインのティスティングルームであったフロリダに住む女性との会話です。

彼女はワインを片手に編み物をしていました。わけないか。編み物は片手ではできないから。ともかく、ワインを飲みながら生まれてくるお孫さんのためにカーディガンを編んでいたんです。トップダウンですから首回りから初めてボタンダウンも編み出す私好みのシンプルなパターン。

しばらくして気がついたのは、2目ゴム編みがいつ間にか数段メリヤス編みになっていること。あらら、まだ酔っ払っているわけじゃないのに、と睨みをきかせながら編み物袋にしまったところに私がお店に入って行ったようです。

私はアルコールは飲みませんから、ただ、それまで飲んでいた主人を迎えに行っただけなんですけれどね。夕食をどこかで食べようかと思って。

このカップルの男性と立ち話をしていた主人が私に「彼女も編み物をするんだよ」というところから話が始まります。前書きが長くてごめんなさい。

彼女は私に間違えてしまったカーディガンを見せながら、

「これなのよ。いやでしょう?」 というから
「そこだけほどいてかぎ針で目を拾えば?」 と私。
「私もそう思ったのよ。でもね、主人が「君、それはほどいちゃダメだよ。この島への旅行の思い出にすればいい。これから生まれてくる孫がこのカーディガンを着た時に、その間違えたところを見て、今回の旅行の時に編んでいたんだな、あのワインを飲んでいたな、と思い出せたら素敵じゃないか」と言うのよ。だから、ほどくのやめようか悩んでいるの」

なんて素敵なご主人様。思いついて言いました。

「その間違いをパターンにしてしまえばいいのよ。ゴム編みとメリヤス編みを交互に編んだら、それはそれでパターンとして成り立つもの」

「それいいかも」という話に始まり孫の写真を見せ合い、犬の写真も見せ合い、立ち話が延々と続くのでした。

それにしてもご主人様の提案はグッドアイデア! 拍手を送りたいです。「思い出」の一つとしてとっておけますものね。ナイスなご夫婦でした。

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呪われた糸?

「また、間違えたわぁ〜」と大きい声がテーブルの向こうから聞こえてきました。

「またほどかなくちゃ。何回ほどいているのかしら? この糸、ぼろぼになりそう」 そういう毛糸ってあるんですよね。毛糸が悪いわけじゃありません。たまたまそういう運命の糸。

続けて彼女が言うには、

「息子の嫁にスカーフを編んであげると言ったら、首のまわりに巻くものはいらない、と言われたのよ。だから、じゃ、帽子でも、と言ったら、その色は好きじゃないですって」とプリプリ。 

なるほど、その糸だから余計にイライラして間違えるのかも、と

「その糸、きっと呪われているのよ」と私。

「確かにそうかも。嫁の呪いかしら? 私は負けないわよ〜」半分冗談だと思います。しかし、その呪われた糸をしっかり握って目を皿のようにしてほどいた目を拾って編み続ける彼女を見て、その覚悟が感じられました。出来上がったものはきっとすごく硬く編まれたものになるでしょう。これをもらった人、背筋がぞくっとするかも。

だから言ったんです。

「時間をかけて編んでしまった後に、いらない、と言われるよりいいんじゃない? 正直な人なのかもよ」

残念ながら私のこの言葉は彼女に届かなかったみたいです。

こんな話もありました。

自分が編んだものを身につけていたらお嫁さんが

「それ素敵ですね」というので、同じものをもっと高い毛糸で編んでプレゼントしたとか。でも、全然使っている様子がないので孫に聞くと(ここがミソ)

「ママ、全然使っていないよ。だって、クローゼットの奥の方にしまってあるもの」ですって。

「2度と嫁には編まない!」と息巻く彼女の気持ちもわかります。

こう考えると、最初のお嫁さんの方が罪がないかも。でも、言い方一つで受け取る方の気持ちは違います。やんわりと外交的に話していたらこういう「呪い」は起きなかったかも。

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孫のものだから完璧に

編み物会のある女性が、ふちがかのこ編みのベビーブランケットを編んでいました。突然、

「目数が多い! どこでまちがえたのかしら?」 と雄叫びをあげながら同席するお助けウーマンのもとに駆け寄ります。まわりの皆は、

「一目くらいいいじゃない。あとでどうにでもごまかせるわよ」 すると、彼女は、

「私のものだったら、こんなこと気にしないわよ。でも、3月に生まれてくる孫に編んでいるこのブランケットは完璧なものに仕上げたいの。だから、どこで間違えたか教えてくれる?」

彼女の指はリューマチのせいで曲がってるんです。編んでいる手は痛々しいのですが、本人はゆっくりゆっくりていねいに1目1目編んでいきます。こんな彼女の愛情こもったブランケットをもらえるお孫さん、幸せです。

別にこんな話もあります。友人が何かを身につけているのをお嫁さんが見て

「それ、すてきね。いいわ。」というので、お嫁さんにも編んであげたのに、お嫁さんはほどんど身につけることなく、クローゼットの中にしまわれているとか。たまたま色が気に入らなかったのかもしれないし、ちょっとしたお世辞のつもりで言ったのかもしれません。

編み物をする私たちはどれだけの時間をかけて作品が出来上がるかわかりますから、せっかく編んだものがタンスの肥やしになるのは悲しいです。かといって無理強いはできないし、押し付けもよくありません。この辺りが難しい。

でもこれって、手作りのものに限りませんよね。良かれと思って差し上げたものなら、どんなものでもあまり喜ばれない可能性はありますから。自分が一生懸命選んだものを相手の人が「本当に嬉しい」と思って使ってくれれば差し上げた私たちもとても幸せになれるもの。これが一方通行にならないためには渡す側、そしてもらう側、どちらもほんの少しの思いやりを持つことを忘れないようにしなくてはいけないのでしょうね。

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