予習をすればよかった

英語に限らずでしょうが、教えていて嬉しいのは生徒が私が言いたいことをわかってくれたときですね。

今日、TOEICのクラスでいろいろ言葉を教えていたら一人の生徒が

「あ〜、予習してくればよかった。予習していないからわからないです」

と叫び声ではありませんが大きい声でため息まじりに言ったのです。

「予習がどんなに大切かわかった?」と聞くと

「はい。これから予習してきます」との返答。なんと嬉しい!

彼のこの気持ちが少しでも長く続きますようにと願わずにはいられませんでした。

クラスに行く前にはやはり予習をして、帰ったら復習をする。そういう習慣をつけておいて欲しいと仕事が忙しかったりしてなかなかそうはいきません。でも、できるときは必ずやる。もしくはできるだけ時間を作るようにするという努力ができる生徒はやはり力がついてきます。

予習してきたことで次の授業の内容がすらすら入ってきたら嬉しいですものね。もっとやる気につながります。やる気が出れば覚える量も増えるでしょうし。

今日のような日は教える仕事をしていて本当によかったと思えます。

 

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TOEICのReadingは忍耐

TOEICのReading sectionを少しやってみました。英語のテストありながら、これは忍耐のテストとしか思えません。これって、75分間、ひたすら読むわけですよね。だんだんやる気は減っていきますし、目は痛くなるし、一度に問題を全部解かせる理由がよくわかりません。

すばやく読めて仕事に反映させられることと、75分間、様々なメールやら文章を読み続けて正解を出すこととどこまで関係しているのでしょうね。

問題を作る方もよくやられたなと感心です。

それではどんな問題にしたらよろしいかと問われるとこれは少し困ります。一度に多くの人の英語力(いや、これは英語力というか忍耐力、集中力、そして視力かな)を測らなくてはならないので、こういうテストの形をとらざるを得ないのかもしれません。しかし、うーん、なんか間違ってません? だって、コミュニケーションのテストでしょう? これでは一方通行のテストではありませんか。

目も痛くなったし、頭も疲れたのでこれから買い物に出かけてきます。

履歴書書くのはむずかしい

さて、履歴書を書きましょう、と思い立ったものの、いざ書き始めるとむずかしい。

まず、学歴でうーん。いったい、何年に入学して卒業したのはいつ? と指折り数える始末。なんといってもずーっと昔のことですからもう忘れてしまいました。しかし、間違っても学歴詐称だけはしたくありません。

それに、私、父の転勤で高校中退、編入、大学中退、編入をしているので、これを全部書くと欄がいくつあっても足りません。

アレヤコレヤ書いて、職歴も並べ始めたら日が暮れてしまいました。

年齢を書かせ、性別を書かせ、写真も貼らせるというのには驚きましたがこれも仕方がないのでしょうね。

だいたい、定年を70歳にまで伸ばそうと言いながらその受け皿が準備してなかったら高齢者は再就職もできません。定年が70歳までと言われても同じ職場で70歳まで勤め上げられる人がどれくらいいるというのでしょう?

まだ、そこまで手が届きませんがそうはいっても誰でも同じように年をとって行きますから、明日はわが身ですよ。

無事に書き終え、メールで送るのであればとりあえず写真は失礼してしまおうかしらね、といつものいい加減が出ています。

でも、履歴書から何がわかるというのでしょうね。プロの方に教えていただきたいです。

マルチタスキングができているような、できたいないような。

町中の人に「あなたはマルチタスクができますか?」と言うと、多くの人は当たり前のような顔をして「はい」と言うそうです。自信を持つのは大切ですが、これも程度問題。

それにしては運転中に急にスピードが落ちたり、右に左に蛇行したり、信号が変わっても発進しないドライバーが多いのはどういうことでしょうね。とても危険なことなのに、自分は運転も携帯電話の扱いも完璧にできていると信じてやまないとしか思えない人運転している車の後ろには絶対につきたくありませんね。

正しい質問は「マルチタスクをするときに、両方の仕事の効率は何%くらいできているか?」ではないでしょうか? 世の中、いくつものことをやろうとすると、確かにできてはいるものの、ずいぶんいい加減なやり方ね、と思うこと、ありませんか?

やりたいことがたくさんある私も、何とかマルチタスキングをしていくつかのことを一度にできないか、ともくろみました。結果? いや、あまり芳しくなかったですね。組み合わせたのが、本を読みながら単純なメリヤス編みをすること。メリヤス編みは何とかできましたが、本の内容はあまり頭の中に残っていないような。。 電話で話しながらメールを書いてみましたが、電話の相手の方に失礼、と思ってすぐにやめました。料理など、ちょっと煮立つ間に他のことはできますが、いつも集中していなくてはならないことをやっているときに、他の動作をするのはやっぱり効率というか、仕事の質が落ちてしまいますね。

もちろん、「自分はそんなことはない」と言い張る方もいらっしゃるでしょうが、そういう方はぜひ、まわりの方の感想を聞いてみると良いと思います。自分の評価と相手の評価、違いますものね。

私の失敗談ならたくさんありますよ。
いや、何を隠そう、考えことをしながら編み物をしていて、ガーター編みなのに、急にメリヤス編みをしてしまったんですよ。どうしてなのだろう? 全然むずかしいことではないのに、急に指が違うことをしていたんですね。やり直さなくちゃ。いやだいやだ。

ほうきをかけながらマフィンにボールを転がしたら、ボールを得意そうに見せに走って来た彼女に、せっかく集めたホコリが舞い上がってしまったと言うイヤな経験もあります。

ブログを書きながら本を読んだりしていると、漢字を間違えたり文章の意味がつながっていなかったりして自分で驚きます。そう、マルチタスキングの動作はできていても、結果を見ると非常に「?』 一つずつこなしていった方がすべて良い結果がでるのかもしれませんね。

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年金会館での2時間、毛糸を買える未来が開けるか?

日本にいる間には年金会館、銀行などなど、行かなくてはならないところがたくさんあります。中でも、大切なのが年金会館。今回は2時間もお話をうかがってきました。

いったい主人は何歳からおいくら年金をいただけるのか、そして私は? もし、主人に何かあったらどうなるのか、とにかくいろいろな情報を集めなくてはなりません。それによって主人が仕事をやめる時期を決めるのですから。もちろん、主人には健康で働いていただきたいのですが、そうはいっても、主人だって遊びたい年ごろです。ある程度のめどをつけたいんですよね。そのためには、お給料が亡くなったあとの収入をいかに確保するか。。。とても大切な議題です。それに、なかなか複雑な仕組みになっている年金ですから、1回説明を聞いただけで「はい、わかりました」とすんなり言えるものではありませんでした。

だって、毛糸が買えなくなってしまうのですもの。

ある銀行からいただいた資料に寄りますと、

給与所得者世帯の場合、夫婦二人のセカンドライフに必要と考える資金はまず、老後の最低日常生活費の22.3万円。そして、老後のゆとりのための上乗せ額が14.3万円、合計で36.6万円。しかし、公的年金額は約毎月20.7万円だそうです。この20.7万円はもちろん個人個人で異なるのでしょうが、目安として使われているということは多くの人の年金額がおおよそこれくらいと思った方がよいのでしょう。足りない額はなんと、15.9万円なんですよ。約16万円足りないんですよ。この16万円、どこから引いてきます?銀行から盗んでくるわけにいかないでしょ。16万円が毎月、その辺に落ちていることはまず、考えられないでしょ。毎月16万円赤字じゃ、貯金がいくらあったって足りません。単純に1600万円持っているとしたら、100ヶ月分。100ヶ月と言ったら10年にも足りません。さて、どうしましょう? お金がなくなったら川に入るしかないかしら。。。?

16万円も足りなくなったらまさか、「毛糸が買いた〜い」なんて口が裂けても言えません。さて、私たちの将来がこうなったら、どうするか。私の気持ちはひどく暗くなりました。だいたい、今からだって、きちんと貯金をしなくてはなりませんよね。そうそう、「あの毛糸」「この毛糸」「次はあの色」なんて優雅なことを言うのはもしかしたら、「ありときりぎりす」の「きりぎりす」?

「キリギリス」にはなりたくないけれど、でも、やっぱり毛糸は欲しいし、他にも、ソレイアードの生地も少し欲しい。。。ウール100%の生地も欲しいし、グラニーバッグを作るときの持ち手のテープも欲しい。。。いや、「やせ細ったキリギリス化」は絶対に避けなくてはならない。。。

でもね、アメリカに帰ると、これといって「ほしい」と思わせるものが一部の毛糸以外ないので、日本にいるときに比べて全然お金は使いません。魅力的なものなんてちっともありません。さっさとアメリカに帰った方がいいかも。日曜日の朝、アメリカに戻ります。

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