今日はお施餓鬼

今日は、お施餓鬼でお寺に行ってきました。皆さん、お施餓鬼の意味、ご存知ですか?

突然、命を奪われたり、この世に未練、執着を残していたりしながら亡くなった方達をご供養する日なのだそうです。そこで、普段は、御本尊に向かって読経をしますが、今日は外に向かってご住職が読経をなさいました。

私たちは、今、元禄時代とも思えるような生活をしている人がいると思えば、その反対に厳しい生活を送らざるおえない人たちも少なくありません。そんな中、自分に与えられているものに感謝をし、そして、自分のことばかり考えてまわりの人のことに眼が向いていないかどうかを見直さなくてはならないと思います。

あまりに便利すぎたり、人間の都合が良いように生活できるサービス、道具に囲まれているものだから、ないと不満がでて、どうしてそういう生活ができているか、誰がそういうものを提供してくれているのかなど、考える機会が減ってきていますからね。

ちょっと、手を合わせて「ありがとうございます」と言ってみましょうよ。感謝の気持ちは宗教という枠を超えて良いと思っています。

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足が丈夫なうちに山寺へ

私たちの体はある程度、負荷をかけないと怠ける傾向にあるそうです。必要以上の無理はしないでそうは言っても少しだけ体に頑張らせる、それが大切なのでしょう。

先日、山形県の山寺に行ってきました。1000段の石段、ということで初めは少し尻込みする気持ちもありましたが、登れる間に行ってみようということで初挑戦。直線の1000段ではないので思ったよりもキツくはありませんでした。ちょっと登ったら景色を楽しみ写真を撮る、という動作を繰り返しているうちに登りきり、美しい風景を満喫しました。

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なぜ、こんなところにお寺を? と思う場所にあるんですね。しかし、がんばれる人はがんばりなさい、ということなのかしら? とも考えさせれれました。足腰が元気な人は登れるだけ登ればいいし、体が弱くなったらそれはそれで下の方からお参りをしてもいいよ、という教えかな、なんて勝手な解釈をしています。

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最近、編み物から遠ざかってしまい寂しい気持ちになっている私です。暑くなってくると、これまた編みたい気持ちになれないかも、と思いながらも編み針を持っていると落ち着く自分を思い出してまた、小さいものを編もうかしらと思っています。

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