やはり手に馴染んだ針がいい

探し当てた私の編み針。編み針と一口に言って仕舞えばどれでも同じような気がしていたのですがやはりずっと使っていた針が使いやすいと思うのは気のせいなのかしら?

針を探すのに箱をあちらこちらに移動してとうとう見つけた時の嬉しさといったらありませんでした。ちょっと大げさに聞こえてしまいますが重い箱を右から左、上から下に動かして見つけたのですからやはり感激。

さっそく帽子を編みました。まず一つ編み終えて、それから途中になっていた帽子(これは日本にずっと置いてあった日本の針で編み始めていたものです)を結局ほどいてまた編み始めました。あれほど進まなかったこの帽子もスイスイと編めています。

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やはり手に馴染んでいるものって手が知っているのでしょうか?

きっと編み針に限りませんよね。包丁にしろ、ハサミにしろ、金槌、カンナ、それに楽器類も。もしかしたらコーヒーカップもそうかも。手に馴染んでしまったら他のものとは持った感覚が微妙に違うって感じられるのでしょうね。

 

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毛糸が足りなさそうなので子供サイズで編んでいます。これが終わったら何を編もうかな?

でも、こうしてみると自分に合ったものを見つけられたらそれを大切にできる気持ちを持ちたいですね。何でもかんでも使い捨て、ということではなくて良いものとじっくりと向き合う心を育てることもこれから考えていきましょう。

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