「年だから」は禁句

息子に少し前に言われました。

「年だから」は単なる言い訳。年齢による衰えは誰にでもあるもので、それをどう克服するかはそれぞれのがんばり」

反発する心もありながら、実はすごく的を得ている言葉でもあるとつくづく感じている私です。

目が悪くなり、指先がこわばったり、数えているつもりが何か別のことを考えてしまったり、ま、そういうことは少しずつですが増えてきました。でも、「年だから」といってがんばりをやめてしまったら前に進みませんものね。

本当に好きなら、がんばる気持ちを持っていたらそれなりに努力をすることはできます。

もちろん、高齢者をいたわる気持ちは大切。だからといって手を差し伸べてばかりでは努力の目をつむ可能性も。あ、これって誰にでも言えることかな。小さい子供に「危ないよ」「ダメよ」「私がしてあげる」と先回りして何かをしてしまっては子供もやってもらいなれてしまい自分で考えて行動できない人に成長していきますよね。

自分ができることとできないことの境目.また、他の人に手を差し伸べるべきか、いや、ここは我慢してもう少し相手のがんばりをひきだすべきか、そこをどう見極めるかすごくむずかしい。子供が泣き叫ぶからうるさいから親がやってしまってよいものか.「できないから、やって」という人にどこまでしてあげるべきか。悩ましいですね。

「太い糸はもう思いから細い糸でしか編めないわ。」
「色が濃い毛糸は暗がりで見づらいから淡めの色の毛糸ばっかり選んじゃうのよ」
「前ほど複雑なパターンは編めないけれど、まだまだ簡単なものは編めるわ」

自分ができることをいっしょうけんめいやっている人たちに私は囲まれて、お手本にさせてもらっています。80歳を超えても車を運転して編み物の会にやってきて、ゆっくりでも作品を完成していく彼女たちを見ていると間違っても「年だから」という言葉はおそらくずっと使えないでしょう。

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「年だから」は禁句」への2件のフィードバック

  1. 初めまして。
    いつも読み逃げさせて頂いている、失礼なjoshaと申します。
    素敵な息子さんをお持ちですね。
    「年だから・・・」「年なのかしら・・・」
    最近私の口からも出るようになったフレーズです。
    鏡を覗く度、夕方からの目のかすみを感じる度、老いを感じずにはいられません(笑)。
    そんな中、ステンドグラス教室の80歳越えのお姉さまお二人のお顔が思い浮かびます。
    先日も150㎝を有に超えるミラーを完成させていらっしゃいました。
    彼女たちとお会いすると「まだまだ私はひよっこだわぁ~。私もかくの如くありたい!」と思います。
    とても素敵な目標です。
    先日、東アジアの国へお嫁に行った年若い友人が私に送ってくれた言葉です。
    「joshuaさん!まだまだこれからですよ!」
    たくさんの刺激を受け、素敵な時間を積み重ねたいと思います。
    uguisumochiさま、いつも更新を楽しみにしています。
    そして、ブログを読ませて頂いて、こっそりパワーも頂いています(笑)。
    これからも楽しいお話、よろしくお願いいたします。

    • Joshuaさん、コメントありがとうございます。
      ついつい、言葉にしてしまう、「年だから」口を衝いて出るたびに、「まずい」と一人、暗くなっております(笑)
      見習いたい方達、ほんとうにたくさんいらっしゃりますよね。どうして、あんなにお元気なのでしょう? と思いながら、きっといろいろなことを経験なさってきていらっしゃるのだろうなぁ、私が見ている部分は本の一部分だし、と思います。ただ、皆さん、とっても前向きでいらっしゃる。
      私もがんばらなくちゃ〜と針を進めます。
      ステンドグラスをなさっていらっしゃるのですね。ステキです。新しいことに挑戦しようかしら...?

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