待合室でおしゃべり? 編み物?

ちょっと、両親の病院などのために一時帰国。二人ともとりあえず年相応の元気さ(?)があるので病院の待合室では周りの様子を伺う余裕も持てます。

私がアメリカで病院に行くときには必ず編み物を持参します。それほど待たされることがないだろうと予測できても何があるかわかりませんからその間ボーっと待っていた内容にという自衛策。

しかし、日本の病院ではおしゃべりをしている方たちがほとんどで、〔ふーん〕という感じ。おしゃべりは情報伝達にもなりますから必ずしも悪いことではないのですが、ちょっと、聞いていると〔話半分」いえ、「話20%」くらいに聞いておける気持ちがないと根も葉もないうわさに振り回される可能性も無きにしも非ずかしら?

「あのお医者さんは不親切で話も聞いてくれないからやめたほうがいい」
「検査をしてほしいのに、ちっともしてくれないわよ。ほかの先生に診てもらったら?」
「変った先生だって言ううわさよ」
「すごく待たされて、診察なんてほんの3分よ」

おそろしや。おそろしや。お医者さんと患者さん、どちらにも責任があることを考えると必ずしも真実が伝えられているかわかりませんよね。そんな話には耳をあまり傾けずに自分の編み物に没頭しているほうが賢いかも。病状、病院のうわさなどを聞いてほしい、という気持ちのはけ口を求めるのは仕方がないのかしら?

アメリカでこういううわさを聞かないかというと、それほど病院通いをしていないのでなんともいえませんが、保険のシステムがぜんぜん異なるので、ほかの人に自分の治療法、薬の話はかなりプライベートなことと捉えかねられません。日本のように一律の健康保険ではなく、個人個人で自分の健康、収入などに応じて保険を買うので受けられる治療、検査、サービスがその人によってまったく異なるんです。

それに編み物など手作業をしていると待たされてもそんなにイライラしないし、出来上がりが近くなりますしね。

「私は目が悪いのよ」といわれてしまったら返す言葉はございませんが…

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