日本への小包がなぜか戻ってきた理由

先日、日本にいる甥っ子に送った小包が戻ってきました。たたまれた書類と共に。はてさて、どうしたのだろうと書類を開けると

「オンラインでの手続きができていないから輸出不可能」というところにチェックが付いていました。

「オンラインの手続き?なんのこっちゃ?」

私は住所を書き、税関の申告書もきちんと記入し、郵便局に持って行って23ドル50セント支払ったのに、何がオンラインの手続き? 

「どうせ郵便局に行ってどうして?と聞いても「わからない」「知らない」「税関とは関係ない」と言われるに違いないし」<ーアメリカでの生活ではこういうことが多々あります。

と頭から湯気を出して怒っていたら主人が、

「どれ、見せてごらん?」

と書類のあちらこちらをくまなく見ていると思うと

「わかったかもしれない!」
「なになに?」と覗き込むとと、

なんと! 金額のところが120ドルのはずなのになぜか12000ドルとタイプされているでではありませんか! 誰が甥っ子に12000ドルのプレゼントをしますか? (する人いるかもしれませんね)

額が高いから輸出となり、オンラインの手続きが必要だったのかも。誰でもミスはしますけれど、間違っても謝らないだろうなぁ。しかし、また、郵便局まで行かなくてはならないのは面倒くさいけれど、きちんとこのあいだの23ドル50セント返してもらうか、無料で今回は送ってもらわないと納得がいきません。

一度で用が足りないのはいつものことですが、またか、とちょっとうんざりしています。

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日本語はステキ

日本語と英語の行ったり来たりの生活をしていると二つの言語の表現の違い、もしくは論理の違いを感じてとてもおもしろいと感じることが多々あります。

先日、あるショールを編み上げて端の始末をしていました。最後だからつい気を抜きたくなりますが、きちんと仕上げないと出来上がりが全然違うんです。きつく始末してもゆるすぎてもダメ。

そんなことを考えながら始末をしている時にふと思ったのが、日本語ならば

「すそが平らにならない」から始まり
「すそがビラビラしてしまう」とか
「すそが波打っちゃって」
「すそが平らにならなくてふわふわしてる」いろいろ思いつきますが、

英語だと
“The edge is not flat”
“The edge looks wavy” くらいしか思いつかない。。

私の英語力不足なのかもしれませんが、日本語というのはとにかく表現がこれでもかこれでもかとあるんですよ。日本語を教えている時にもすごく感じます。逆に教えにくい。だって、あまりにたくさんの言い方があるのですもの。

私はこの二つの言語しか知りませんからきっと、日本語のようにいろいろな表現を持つ言語も他にはあるのでしょうね。こんな言語を母国語に持つ私たち、日本語の素晴らしさを自分たちがもう一度認識しないといけませんね。

リサイクル

いらないものがどうしても増えて行くこの消費社会(自分で気をつけていれば物もたまらないのでしょうが、ついついね)の中で、物を捨てずに無駄にしないで生きていくためにはやはりリサイクル。

人によっては誰か知らない人が使った物なんてイヤ!とおっしゃるかもしれません。それはその通り。でも、中にはそこまで気を使わなくても大丈夫な物でリサイクルできる物もあるのではないでしょうか?

私は今、近所のリサイクルコミュニティーに属していて。いらない物はそこポストして売ってしまいます。売るといってもお値段はもう見事に低価格。だって、売るのが目的ではなく、家の中で使わずに古くなっていってしまう物をどなたかに使ってもらうのですから。そう。無料でもいいかな、と思うときもありますが、ま、買ったときにはお金を支払っているのでその数分の1くらいのお金を頂いています。

今日も、重くて使わない鉄のフライパン、大きい深手の鍋、そしてこれまた大きいパンを売りました。重いので家まで取りに来てくれてもいいよと言ってくださったのですが、家も散らかっているので、ごく近所でお渡ししました。

ゴミの山を大きくせずにできたのは嬉しい、と思うと同時に、買い控えをしなくてはと自分に言っています。かといって買い控えていては産業、経済がまわりませんからね。これまた困ります。

でもね、やはり地球に優しい生活をしなくてはダメな時代なんですよね。結局自分の子供、孫に帰ってくるのですから。そう、買いすぎている(進行形です)毛糸たちももしかしたら少し処分しなくてはいけないのかしら? それぞれの毛糸たちは思い出がある物ですから別れがたい。。。

ホテルへのフィードバック

ホテルに泊まると、アンケート用紙のようなものが置かれています。どこが良かったとか、改善する点などを記入します。点数制であったり、Excellent, good.. という段階のものもあります。

フロントの人がフレンドリーとか、寝具がきれいとか尺度はもちろんいろいろあって、だいたいにおいては満足度が高い方に点をつけますが、つい、何か一言と言われて書きたくなるのが

「これは、ホテルに対する不満ではなく、他の泊まり客について。。」と始まる文章。ホテルの人たちは一通りきちんとしているのに対して、泊まり客の態度が悪かったら、ホテルへの印象そのものというか、思い出がいいものではなくなったりしますよね。

夜も遅くにドタドタ歩き回ってドアをバーンと閉める。
数家族で宿泊している場合、部屋を行ったり来たりする人たちのノック、そしてこれまたドアをバーンと閉める音。
エレベーターホールでエレベーターをブロックしながら立ち話している人。

結局、私も含めて周囲の人に迷惑をかけないようにしていればお互いに気持ちよく泊まれると思いつつ、もしかして、ドアをどーんと閉める人って、他の人が閉める音が気にならないのかも。と思ったりもするのです。

お店の存続はむずかしい

アメリカ経済、アマゾンの一人勝ちの様相が見えています。そんな中、個人経営の店は続けるのが本当に難しいようです。開店したは良いけれど、どのように集客し、固定客をつかみ、人の心を離れさせないようにサービスするかという努力は私の想像を絶するものだと思います。

そんな中、しっかりその地に根付き派手ではないけれどきっちりした仕事をしているお店というのは見ていても気持ちが良いくらい店の中はさりげなくデザインされているし、オーナー、働いている人もセンスがあってさらに、人との会話と間のとり方がとても上手だなと思われます。

今日行った毛糸屋さんでがっかりした点。

1)店番している青年がだらしないカーディガンの着方をしていたこと。そう、どのような服を着るのだってその人の自由ですが、やはりお店のイメージというか店の雰囲気を前面に出してくるのが働いている人だと思うんです。自由な服装はいいけれど、ダラダラした服装はちょっと、というのが私の印象でした。

2)探している毛糸がわからない。別にすごーく珍しい糸を探していたのではなく、そのお店で売っているブランドの糸。糸についての知識は持っていてほしいと思いました。

3)ネットがダウンしてしまい、カードでの支払いが不可能となりました。それなら伝票に手で書くとか、キャッシュで支払える人はそれなりの対応をするとかしないで、ネットの操作ばかりで並んでいる客に対しての対応なし。一人で切り盛りしていたので仕方がないといえば仕方がないのかしら? でも、並んでいた人の中には糸を棚に戻して店を出て行く人も。私は探していた糸がなかったので何も買わずに店を後にしました。

このお店にももちろん固定客もいるだろうし、たまたまこういう日に私が当たってしまったのかもしれません。しかし、もう一度行きたい? と問われたらおそらく首を横に振ると思います。

ビジネスの世界に足を踏み入れるのは本当に大変なことなのでしょうね。私のような客側は好き勝手なこと言っていますから。

夏は遊びに出られない理由

シアトルのまわりは幾つものフェリーが半島、島などの間を運行しています。地図を見ていただけるとお分かりになりますが、たくさん小さい島がポカリ、ポカリと浮かんでいます。夏休みは遊びに来る人たちでそのフェリーはとても混雑しているので、間違っても土曜日は車でシアトルには行きません。帰りのフェリーに乗るために時間によっては3時間も待たなくてはならなくなるからです。しかも炎天下で待つ可能性もあるのでこれはなかなかつらい。

今、住んでいる島から本土(?)に行くにはシアトルにフェリー、もしくはTacoma経由なら地続きで行けますが、工事やらなんやらいつも大渋滞。さもなければ40分くらい車で走ったKingstonからシアトルの北のほうにフェリーで行けますが、本土側のEdmondsの渋滞は半端ではないんです。しかも、フェリーを待つ車が入れる駐車場というのは極端に小さく一般道路の右側に並ぶのでエンジンもかけっぱなし。環境にもよくありません。

だから、出かけるのは週中。通勤族の車が終わった頃の時間を見計らって家を出て用事を済ませたらまた通勤の混雑になる前にフェリー乗り場に到着しなくてはならず時間に余裕がないので、出かける意欲はそがれます。

予約が取れるフェリーはほんの少し。あとは行き当たりばったりとなります。

Edmonds の毛糸屋さんにちょっと行きたいわ、と思ったらきっちり予定を立ててiPhoneでフェリーの混雑状態、そしてシアトルまでの道路の混雑の様子を調べながら当日は動きます。家に向かうフェリーに乗るとどっと疲れが出てぼーっとする今日この頃です。

色を遊ぶ

前述しましたように、私には絵心というものがないようです。中高の美術の成績は惨憺たるものでそれ以来、私は絵を描くことが大嫌いになりました。でも、色を見るのは大好き。

太陽のあたり方で微妙に変わる海の青い色、そして雲の後ろに隠れた太陽が差し込み、雲の輪郭がオレンジ色になるときなど、「生きていてよかったぁ」などと大げさに(?)喜びます。誰も見ていないのだから色鉛筆とかクレヨンでスケッチしてみようかなと思いながらもどうも尻込みをするんですよね。これ、やっぱり高校時代のイヤな思い出を引きずっているのでしょう。

編み物も一緒です。暖かさが大切だと思いながらもきれいな色の糸を見るとフラフラっといってしまいます。そしてついつい買い込んでしまうんです。サァ、何を作るのかしら? というのはあとで考えます。

要するに色で遊んでいたいんでしょうね。折り紙とか千代紙も見るのは大好きです。

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この3カセを使ってまたThe Shift を編みます。Spincycle の糸は毛糸屋さんでも売っていますが、私はSpincycleに行って購入してきました。悩む私に色を選んでくれたのは染めを担当しているRachel。とにかく忙しいときに時間を取ってくれて本当に感謝。

いろいろな色を見ていると本当に心が和らぎます。

日本の色の名前ってすてきです。日本人が持っている感性をとても感じます。これは私たちが忘れてはいけないものの一つだと思うんです。独特の感性をぜひ大切にしていきましょう。